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「むらさき」の産地は土浦|柴沼醤油・元禄元年創業「紫峰」の話

答え:お寿司屋さんで醤油を指す隠語は「むらさき」

  • お寿司屋さんで醤油のことを指して使われる隠語は、むらさき(紫)です。江戸の寿司屋・料理屋で使われた符丁(客に聞かせない店の中の言葉)のひとつです。
  • なぜ醤油をむらさきと呼ぶのかには定説がありません。符丁として広まった説・色が紫がかって見える説・紫が高貴な色だった説の3つがよく語られます。
  • あがり(お茶)・がり(生姜)・なみだ(わさび)・しゃり(酢飯)と同じ寿司屋の隠語のひとつで、むらさきだけが特別な言葉ではありません。
  • もともと客が使う言葉ではないため、客側から「むらさきください」と言うのは通ぶって聞こえることがあると言われます。

先に答えを書きます。お寿司屋さんで醤油のことを指して使われる隠語は、むらさき(紫)です。寿司屋のカウンターで職人が「むらさき」と言えば、それは醤油のこと。多くの人がそう知っています。けれど、なぜ醤油が紫なのでしょうか。皿に注いだ色は、どう見ても黒に近い茶色です。

この記事では、まず「むらさき」という言葉の意味を短くまとめてから、なぜそう呼ばれるのかという由来の3説を、根拠と限界とあわせて整理します。あがり・がり・なみだといった関連する寿司の隠語(符丁)もあわせて紹介します。

醤油を指す隠語「むらさき」の意味

お寿司屋さんで醤油のことを指して使われる隠語、その答えはむらさきです。刺身や寿司につける、あの醤油そのものを指します。それ以上でもそれ以下でもありません。

もう少し正確に言うと、寿司屋・料理屋で使われてきた符丁(ふちょう)のひとつです。符丁とは、店の職人同士がやり取りするときに使う内輪の言葉、いわゆる隠語のこと。客に直接聞かせるための言葉ではなく、あくまで店の中で通じる呼び名です。

つまり「むらさき」は、

という位置づけの言葉になります。「醤油」の別名として辞書的に並ぶというより、寿司屋という場所と結びついた隠語だと考えると、腑に落ちやすいはずです。

なお、なぜ醤油を「むらさき」と呼ぶのかという由来には定説がありません。よく挙げられる説はいくつかあり、そのなかで寿司屋の文脈にいちばん近いのが、次に紹介する「符丁」の説になります。

寿司屋の符丁(隠語)として広まったという説

江戸の寿司屋や料理屋には、職人同士でやり取りするための業界の言葉がありました。ネタや道具、動きを短い一語で伝えるための、いわば内輪の隠語です。

よく知られているのはこのあたりです。

こうして並べてみると、お寿司屋さんで醤油を指す隠語として「むらさき」だけが浮いた言葉ではないことがわかります。店の中で使われていた語彙のひとつが、客の耳にも入り、そのまま「寿司屋らしい言葉」として広まっていった。そう説明されるのが、いちばん自然な流れです。

もともと客が口にするための言葉ではなかったので、いま寿司屋のカウンターで客の側から「むらさきください」と言うのは、少し通ぶって聞こえることがある、とも言われます。呼び名の意味を知っておくのと、自分で使うのとは別の話、というくらいの距離感が無難です。

色そのものを指したという説

もうひとつよく語られるのが、色を素直に指した名前だという説です。

醤油は真っ黒に見えますが、光の当たり方によっては紫がかった赤褐色に見えることがあります。小皿に薄く広げたときの、あの深い赤みを紫と呼んだ、という理解です。寿司屋の白い皿や、刺身の下に敷いた笹の緑に映えるとき、醤油の色は確かに黒ではなく紫寄りに見えます。

「むらさき」という言葉の意味を、そのまま色として受け取る素直な説明で、覚えやすい説でもあります。

紫は高貴な色だったという説

三つめは、価値になぞらえたという説です。

紫はかつて位の高い者だけが身につけられた色でした。醤油もまた、庶民が日常的に使えるものではなかった時代があります。貴重なものを貴い色で呼んだ、という筋道です。江戸期に江戸で醤油の消費が急に伸びていく時期と重なるので、この読み方もよく引かれます。


どれが正しいかは決められていません。ただ、お寿司屋さんで醤油を指す隠語として「むらさき」が定着した背景には、少なくとも「店の言葉として使われていた」という前提があった、と考えるのが自然です。意味としては醤油、由来としては符丁の説がいちばん収まりがよい、というくらいの理解で十分です。

醤油どころは、銚子と野田だけではなかった

寿司屋の話から少しだけ産地の話に寄り道します。「むらさき」と呼ばれた醤油そのものが、どこで作られていたのかという話です。

関東の醤油の産地といえば、千葉の銚子と野田がまず挙がります。しかし江戸時代には、もうひとつの名前が並んでいました。茨城県の土浦です。

土浦は霞ヶ浦に面した水運の町でした。原料の大豆や小麦を運び入れ、仕込んだ醤油を江戸へ送り出す。その両方を水路でまかなえたことが、この地に醸造業が育った理由とされています。銚子・野田・土浦を合わせて「関東三大銘醸地」と呼ばれた時期があった、と伝えられています。

いま全国的な知名度で言えば、土浦の名は前の二つに大きく引き離されました。けれど蔵は、まだ残っています。

元禄元年から続く蔵の「紫峰」

土浦の柴沼醤油醸造は、創業が元禄元年(1688年)。330年を超える歴史のなかで、今も木桶仕込みを守り続けている蔵です。

看板商品の名は「紫峰(しほう)」。蔵から望む筑波山の別名から採られています。醤油を「むらさき」と呼ぶ語源説にも通じる名前が、産地の山の名としてそこにあったというのは、できすぎた話のようでもあります。

味は旨みの濃い、きりっとした関東の濃口。江戸の寿司や食卓を支えた土浦の醤油が、どういうものだったのかを今に伝える一本です。

紫峰の楽しみ方

寿司屋の「むらさき」という言葉の意味をたどると、その一語の背景にある江戸の符丁と、それを支えた産地の歴史に行き当たります。カウンターで交わされる短い一言は、そういう調味料の歴史そのものです。

よくある質問

お寿司屋さんで醤油のことを指して使われる隠語は何ですか?

「むらさき(紫)」です。寿司屋や料理屋で使われてきた符丁(隠語)のひとつで、あがり(お茶)・がり(生姜)・なみだ(わさび)などと同じ流れの言葉です。皿に注いだ醤油の色そのものを表す言葉というより、店の中で使われていた呼び名がそのまま定着したもの、と説明されるのが一般的です。

なぜ醤油を「むらさき」と呼ぶのですか?

定説はありません。もっともよく語られるのは、江戸の寿司屋や料理屋で使われた隠語(符丁)が、あがり・がり・なみだ・ぎょくなどと一緒に一般にも広まったという説です。ほかに、醤油の色が光の加減で紫がかって見えるからという説、紫が高貴な色とされた時代に貴重な醤油をなぞらえたという説もあります。いずれも確かな裏付けがあるわけではありません。

寿司屋の隠語で、むらさき以外にはどんな言葉がありますか?

あがり(お茶)、がり(生姜)、なみだ(わさび)、ぎょく(卵)、しゃり(酢飯)、つめ(煮切り)、げそ(イカの足)などがよく知られています。もともとは職人同士のやり取りに使う内輪の言葉で、客が口にするための言葉ではないとされています。

家庭や寿司屋で客が「むらさき」と言っていいのですか?

決まりはありませんが、もともと寿司屋や料理屋の内輪の言葉なので、客の立場で使うと通ぶって聞こえることがあります。カウンターでは「お醤油」と頼むほうが自然、と紹介されることが多いです。

関東の醤油の産地はどこですか?

よく知られているのは千葉県の銚子と野田です。ただし江戸時代には茨城県の土浦も加えて「関東三大銘醸地」と呼ばれていました。霞ヶ浦の水運で原料と製品を運べたことが、土浦が産地として育った背景にあるとされています。

土浦の醤油はどこで買えますか?

土浦には元禄元年(1688年)創業の柴沼醤油醸造が今も残り、木桶仕込みを続けています。看板商品の濃口醤油「紫峰」はAmazonなどの通販でも購入できます。旨みが濃いので、寿司や刺身のつけ醤油から煮物まで少量で決まります。

この記事で紹介した一本