まずはこの2本

大阪は昆布だしの土地です。北前船で運ばれた昆布が集まり、うどんもおでんも澄んだだしで仕立てられてきました。
同時に、ソースの街でもあります。お好み焼きや串カツが日常の食になり、中小のソースメーカーが数多く生まれました。だしの繊細さと、ソースの濃さ。相反するようで、どちらも早く旨く食べたいという同じ要求から出ています。
- 北前船が集めた昆布と、澄んだだし
- お好み焼き・串カツが育てた中小のソース造り
大阪の調味料は何が特徴か
大阪の調味料は、澄んだだしと甘みのある地ソースという、性格の違う二つが同居しているのが特徴です。江戸時代の大阪は「天下の台所」と呼ばれ、北前船で運ばれた昆布が集まる集散地でした。うどんや吸い物には昆布主体の澄んだだしが根づき、素材の色を消さない仕立てが好まれてきました。
もう一方の柱がソースです。お好み焼き・たこ焼き・串カツが日常食になった大阪では、粉ものに合う濃くて甘みのあるソースが求められ、中小メーカーによる「地ソース」が数多く残ってきました。トマトや玉ねぎ、りんごなど野菜と果実の甘みを厚く効かせ、とがった酸味を抑えた味わいのものが多いとされています。
大阪の地ソースはなぜ広がったか
大阪でソースが根づいた背景には、粉もん文化の発展があります。明治期以降、日本各地でウスターソースの製造が始まり、大阪でも中小のメーカーが次々と生まれました。昭和に入ってお好み焼きや串カツが街の日常食となると、店や地域ごとの味に合わせた「地ソース」と呼ばれる中小メーカーのソースが定着し、いまも家族経営で仕込みを続ける蔵が残っています。
だしの側は、江戸時代に北前船が北海道の昆布を大阪へ運び込み、堂島や船場から全国へ再分配されたと伝えられます。上方の料理が昆布だし主体になったのは、この集散地としての立地が影響したとされています。
郷土料理と調味料
- 船場汁
- 塩鯖のあらと大根を昆布だしで炊いた汁物です。船場の商家で、無駄なく素材を使いきるまかない料理として生まれたと伝えられます。昆布だしと塩魚のうまみが澄んだ味わいを作る一椀です。
- 箱寿司
- 木箱で押し固める大阪の押し寿司です。鯛や海老、穴子などを彩りよく並べて仕上げる、ハレの日の寿司として親しまれてきました。淡口の効いた煮汁が具に染みるのが特徴です。
- お好み焼き
- 小麦粉の生地とキャベツを鉄板で焼き、濃厚なソースを塗って仕上げる大阪の代表食です。家庭でソースが常備される文化を広げ、地ソースの需要を支えてきました。
大阪府の蔵元・醸造元
- 石見食品工業所(ヘルメスソース)昭和10年創業
東住吉の小さな工場でウスターソース「ヘルメス」を家族数人で仕込む蔵です。一子相伝のレシピを守り、公式通販は数ヶ月待ちが続く「幻のソース」として知られています。 - 旭食品(旭ポンズ)昭和23年創業
八尾で乾麺の製麺所として創業し、昭和42年にポン酢「旭ポンズ」を発売しました。徳島産のすだち・ゆず・ゆこうと、昆布・鰹・乾しいたけのだしを合わせた完全味つけで、関西の鍋料理店に長く使われてきました。
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