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栃木県の風景(日光東照宮 陽明門)
Food Culture

栃木県の調味料

餃子の街の、つけだれ。

日光東照宮 陽明門Photo: Jakub Hałun / CC BY-SA 4.0

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まずはこの2本

青源 極上天然醸造味噌
栃木県 / 宇都宮味噌天然醸造長期熟成
青源 極上天然醸造味噌
「栃木の米と大豆だけ。400年の蔵が寝かせた琥珀色の味噌。」
¥1,310 / 500g
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吉岡食品 鉄釜七味
栃木県 / 大田原辛味
吉岡食品 鉄釜七味
「唐辛子生産量日本一の町で、鉄釜で焙煎した栃木三鷹の七味。」
¥535 / 10g
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宇都宮は餃子の街として知られます。店ごとに具も皮も違うため、つけだれの調合も家ごとに分かれ、酢と醤油とラー油の比率が話題になる土地です。調味料を自分で合わせる習慣が生きています。

農産では干瓢の産地でもあります。夕顔の実を薄く剥いて干す保存食で、巻き寿司や煮物に使われてきました。乾かして旨みを蓄えるという発想は、だしの考え方と地続きです。

栃木の味噌は、なぜ長く寝かせるのか

宇都宮の青源味噌は、寛永2年(1625年)から続く蔵で、極上天然醸造味噌は長い熟成を経て琥珀色に変わるとされます。栃木県産の米と大豆、国産の塩だけで仕込み、アルコールを添加せず加熱もしていないため、麹菌と酵母が生きたまま届き、家に置くあいだも熟成が進みます。買った日と半年後で、同じ味噌の味が違う。それを面白がれる甘みと厚みが、この土地の味噌の傾向として残っています。

宇都宮の餃子のつけだれは、酢と醤油とラー油の比率が家ごとに違うと言われますが、青源はその味噌だれを広めたとされる蔵でもあります。粉ものや焼き物を受け止める甘さは、街の食習慣と地続きです。

宇都宮の味噌と、大田原の唐辛子

栃木の調味料の歴史は、宇都宮の味噌と大田原の唐辛子という二つの流れで語られます。宇都宮では徳川家光の時代、寛永2年(1625年)に青源味噌が創業したとされます。以来この街で味噌を仕込み続け、餃子文化の裏側で味噌だれの発信元にもなりました。

もう一つが大田原の唐辛子です。昭和の初め、吉岡源四郎が那須野ヶ原の広い土地で唐辛子の大規模栽培に乗り出し、1955年に八房系から選抜して生まれた品種が「栃木三鷹」とされます。昭和38年ごろには年間約7,000トンを生産し、海外へも輸出していたと伝わります。その後生産は落ち込みますが、2014年に4トンだった収穫量は2019年には26トンまで戻り、大田原市は唐辛子の生産量日本一を掲げています。

郷土料理と調味料

しもつかれ
大根や人参を鬼おろしですりおろし、炒り大豆と鮭の頭、油揚げを酒粕とだし汁で煮込む県内一円の郷土料理です。初午の日に藁苞へ入れて稲荷神社に供える風習が伝わり、農林水産省「うちの郷土料理」にも収録されています。独特の風味から好みがはっきり分かれます。
宇都宮餃子とつけだれ
皮も具も店ごとに違うため、酢・醤油・ラー油の比率を家ごとに調合するのが宇都宮のならわしとされます。青源味噌が広めたとされる味噌だれを添える食べ方もあり、調味料を自分で合わせる文化が根づいています。
ちたけそば
夏に採れるチチタケ(乳茸)を茄子と炒め、そばのつけ汁にする県南の料理です。きのこから染み出す旨みを、醤油とだしで受け止めます。栃木ではきのこの中でも別格に扱われるとされます。

栃木県の蔵元・醸造元

この土地を掘り下げた読みもの

味噌汁を煮立たせてはいけないのはなぜ?「菌が死ぬから」は誤解、本当の理由は香り
味噌汁を煮立たせてはいけない理由は「菌が死ぬから」ではありません。市販の味噌は多くが加熱処理済みで、菌はもともと活動していないためです。本当の理由は香り。味噌の香りは発酵中に酵母が生んだアルコール由来で、90℃を超えると揮発します。香りが最も立つ75℃という目安と、火加減の合わせ方まで解説します。
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