JPEN
東京都の風景(浅草寺)
Food Culture

東京都の調味料

江戸の味は、店の名で残る。

浅草寺Photo: IQRemix from Canada / CC BY-SA 2.0

Recommended Items

まずはこの3本

やげん堀 七味唐辛子
東京都 / 浅草辛味無添加
やげん堀 七味唐辛子
「七味唐辛子はここから始まった。浅草400年の元祖。」
¥1,150 / 中辛・袋入
詳しく見る →
海の精 あらしお
東京都 / 伊豆大島無添加
海の精 あらしお
「東京の島から。日本の伝統海塩を復活させた、赤ラベルの元祖。」
¥844 / 350g
詳しく見る →
にんべん 白だし
東京都 / 日本橋だし
にんべん 白だし
「日本橋・元禄創業。かつおだしの、澄んだ味の素地。」
¥827 / 1000ml
詳しく見る →

江戸の食は、外で食べるものでした。蕎麦、寿司、天ぷら。手早く食べるための味付けが求められ、薬味と濃いだしが発達します。浅草の薬研堀では七味唐辛子が生まれ、日本橋には鰹節の問屋が集まりました。

都心を離れると伊豆大島があります。同じ東京都でありながら海に囲まれ、海水から塩を作る仕事が続いています。街の味と島の味が、ひとつの都に同居しています。

東京の調味料は「江戸の商い」から出ている

東京の調味料は、産地というより商いの町から生まれたものが多くを占めます。日本橋には鰹節を扱う店が並び、そこから出汁の文化が広がりました。浅草には薬研堀の薬種商から生まれた七味があります。

どちらにも共通するのは、地方の産物を集めて江戸の口に合うよう仕立て直す発想です。鰹節は土佐や薩摩から、唐辛子や山椒は各地から集まりました。江戸前の濃い味付けを支えたのが、これらの店の調合です。伊豆大島では海水から塩が作られており、都の産物として塩もあります。

七味唐辛子は薬から生まれた

やげん堀の始まりは寛永2年(1625年)、江戸の薬研堀端(現在の中央区東日本橋あたり)で中島徳右衛門が薬種商を開いたことでした。翌年、漢方の知識をもとに七色唐辛子を考案します。城内の宴の折に将軍徳川家光へ献上して気に入られ、「德」の字を賜ったと伝わります。

つまり七味は、料理の薬味である前に薬として作られたものでした。長野・善光寺門前の八幡屋礒五郎、京都・清水寺参道の七味家とあわせて日本三大七味と呼ばれます。やげん堀は今も浅草で、客の好みに合わせて配合を変えて量り売りしています。

郷土料理と調味料

江戸前の蕎麦つゆ
濃口醤油とみりん、鰹節のだしで作る濃いつゆです。麺を全部浸けずに先だけ浸けて食べる作法は、つゆが濃いことを前提にしています。
深川めし
あさりを味噌や醤油で煮て、汁ごと飯にかけたり炊き込んだりします。漁師の食べ物が原型で、貝のだしと醤油だけで成立する料理です。

東京都の蔵元・醸造元

この土地を掘り下げた読みもの

黒七味と七味唐辛子の違い:炒って揉み込むと、なぜ黒くなるのか
黒七味と一般的な七味唐辛子の違いを解説。原料を炒って揉み込む製法で色が黒くなる理由、辛さより香りを立てる設計、祇園・原了郭に三百年受け継がれる一子相伝の技を紹介します。
読む →
白だしとは? 白醤油・めんつゆとの違いと、色を残す味付けの考え方
白だしとは何かを、白醤油やめんつゆとの違いから解説します。素材の色を残したまま味を決める仕組みと、日本橋・元禄創業の老舗が仕立てた一本の使い方も紹介します。
読む →
精製塩と自然塩の違い:「にがり」を残す塩と、取り除く塩
精製塩といわゆる自然塩の違いを、にがり成分の有無から解説します。塩化ナトリウム99%の塩が生まれた背景、味の差、そして「自然塩」という表示のルールまで、長崎・五島灘の塩を例に紹介します。
読む →
七味唐辛子はどこで生まれた? 江戸・薬研堀と「元祖」やげん堀の400年
七味唐辛子の発祥地・江戸の薬研堀の歴史を解説。寛永2年創業「やげん堀」に受け継がれる7つの薬味の配合と、一味唐辛子との違い、選び方を紹介します。
読む →

近くの県もめぐる

関東ぜんぶを見る →